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哲学カフェレポート(第17回) ( 哲学カフェ )
 今回のテーマは「インターネットは頭の敵か味方か?」という挑発的なものでした。そもそも頭の敵とはどういう意味なのかが問題になりました。私がいいたいのは、思考力を低下させるのではないかということです。
 どうも若い人には、この問い自体が理解できないようです。たしかに、物心ついたころからインターネットが当たり前で、それと共に生きてきた人たちにとっては、何ら疑うべきものはないのかもしれません。
 しかし、私のように大人になってから初めてインターネットが登場したという世代にとっては、決して当り前のツールではありません。便利になった分だけ失ったものもあるのではないかと、ついつい疑いたくなるのです。
 実際、今問題になっている論文の「コピペ」(盗用)なんかは、インターネットを利用すればいとも簡単にできてしまうのです。あるいは私たちは、インターネットで検索することで、労せずして最終の解を得ています。
 このとき、知らず知らずのうちに思考の手間を省いてしまっているのです。そんなことを繰り返していては、思考力が鈍ってくるのも想像に難くありません。もちろんインターネットは私たちの生活に多くの選択肢をもたらしてくれました。そこは認めつつも、ある日「頭の敵」になってしまうことのないように、せめて哲学の世界ではこの問いかけを続けていきたいと思います。

哲学カフェレポート(第16回) ( 哲学カフェ )
 今回のテーマは「理想と現実のどちらを優先すべきか?」そもそも理想ってなんだ、現実ってなんだという定義のところで議論になりました。
 現実とはここにあるもの、与えられたもの、理想とはここにないもの、求めるものという点ではある程度一致するのですが、理想を実現不可能なものに限定するかどうかで意見が分かれました。それは理想と現実が一致するのかどうかという議論でもあります。
 理想を実現不可能なものに限定する人は、両者の一致を認めません。永遠の憧れです。プラトンのイデアに近いかもしれませんね。ある数学者が参加してくれたのですが、理想とは「線」と同じで極限であって、実在するものではないという表現をしていました。
 両者の一致を認める人は、世俗と距離をおいて自由に生きるヒッピーの生活なんかを例に挙げていました。でも、ヒッピーって完全に理想を実現しているのでしょうか。
 考えてみると、ヒッピーとまではいかずとも、少なくとも皆理想を求めて生きているはずです。ただ、普通は理想を選択できる機会が少ないだけなのです。となると、問題はどういう場合に理想を優先し、どういう場合に現実を優先するかという話になってきます。おそらくそれを選択していくことが、生きるということなのでしょう。

哲学カフェレポート(第15回) ( 哲学カフェ )
 今回のテーマは、「どうしてミス・ユニバースを選べるのか?」でした。人種の違う人たちの中で一番美しい人を選ぶなんて、ほとんど不可能のようにも思えるからです。ただ、ミス・ユニバースの場合は、容姿だけでなく、知性や社会的活動なども問われてきます。
 そういった客観的な指標を設定して評価するというのであれば、たしかに可能でしょう。 その場合の美とは、完全性を意味することになってきます。より完全であるほうが美しい。
しかし、その場合の完全性も、永遠に同じではありません。醜いといわれたピカソの絵が評価されるようになったり、平安美人が今はただの太った女性になってしまっているように。美の基準というのは移り変わるものなのです。
ただ、こうした意味での美は、私たちの心を打つ絶対的な感動とは種類を異にしているような気がします。例として自然の崇高さとの違いを挙げる参加者もいました。いや、崇高さのうちの一つとして美があるのだという人もいました。
さて、いずれにしてもミス・ユニバースを選ぶことができるのは、美の基準を設定することができるからですが、そう考えると人類の平和にとって一筋の光明が差してきます。なぜなら、人種の違いを越えて、私たちは共通の合意に達することができる可能性を示唆しているからです。
 もちろん資本主義の一側面であるとか、優生思想の表れだという指摘をする参加者もいました。ただ、少なくともエンターテインメントとして楽しめるという点では皆一致しました。皆が楽しめるもの。本来美とはそんなものなのかもしれません。

2009年2月、3月、4月の「いんぐりっしゅ☆る〜む」のご案内 ( 企画情報 )
Hello, everybody! What's new?

2月になりました。最近少し暖かくなってきましたね。また、それと同時に花粉や黄砂が飛んでいて、私のような花粉症の人には厳しい季節となりました。しかーし、そんなことで弱音を吐いているわけにはいきません。このような時こそ「いんぐりっしゅ☆る〜む」も盛り上げていきましょうね。みなさん、是非参加してくださいね。

昨年9月に赴任された新しい英語の高橋愛先生も、Tony先生も定期的に参加して下さっています。英語の先生や、ネイティブスピーカーと話をするいいチャンスです。是非この機会を生かして英会話力を伸ばしましょう。

さて、今後の「いんぐりっしゅ☆る〜む」の予定ですが、2月は13日と20日の2回、3月は卒業式の準備や春分の日、そして再試験等がありますので6日の1回のみオープンします。この3月6日の活動が平成20年度(2008年度)最後の活動になります。その後、しばらく休みにしまして、新年度、つまり平成21年度(2009年度)の最初の活動は、4月10日ということになります。オープンする日は、いずれも金曜日です。

また、今の予定では、6月19日についに記念すべき200回目を迎える予定です。

「いんぐりっしゅ☆る〜む」の時間は、17時30分からで、約1時間です。もちろん無料ですし、持参するものは何もありません。場所は、近鉄松下の近くの徳山高専夢広場(街あい)の2階です。 参加してくださるみなさんには、スナック菓子やソフトドリンクも用意しております。

さあ、ソフトドリンクを片手に、気ままに英会話を楽しみたい人は、是非とも高専夢広場の「いんぐりっしゅ☆る〜む」に来てください。お待ちしております。その時は、英会話で心ゆくまでリフレッシュしましょう。 他校の学生さん、市民の方、ネイティブスピーカーの方も大歓迎です。また、最近はTom(国重)とJack(小川先生)とRobert(原田先生)とBeth(高橋先生)とTony先生が英語ジョークを演じるコーナーもありますよ。

みなさんと「いんぐりっしゅ☆る〜む」でお会いできることを楽しみにしております。

I'm looking forward to seeing you at the English Room soon.

それでは、また。

お問い合わせは、徳山高専英語科の国重徹までどうぞ。

電話:0834-29-6253(研究室直通)
E-mail:kunisige@tokuyama.ac.jp

哲学カフェレポート第14回 ( 哲学カフェ )
 今回の哲学カフェのテーマは、「どうして人は戦争を繰り返すのか?」というものでした。参加者はいつもにも増してバラエティに富んでおり、老若男女楽しくも刺激的な対話が繰り広げられました。
 戦争をする理由も色々ですが、とりわけ利権争い、宗教の対立、文化の対立、貧困といった理由が挙がりました。そして、いずれの理由にも共通するものとして、個々の人間の心にある理性と欲望との対立が取り上げられたのです。
 いかにして欲望を抑えることができるか。そこで教育を重視する声が上がりました。たしかに、日本では戦後の平和教育がある程度功を奏しているように思えます。しかしその際、単に戦争は悪だというだけでなく、譲り合うことの大切さを説く必要があるでしょう。欲望と欲望の対立は、相手の気持ちを理解して、譲り合うことでしか解消できません。
 人間の欲望は尽きません。だから譲り合うことを忘れてしまったとき、人は何度も同じ過ちを繰り返すのです。教育は何も学校でのみ行われるものではありません。譲り合うことの大切さは、日頃お年寄りに席を譲るという些細なことからも学ぶことができます。
 「哲学カフェ」も素晴らしい教育の場だといってくださった参加者がいました。今日参加してくれた若い人たちが、少しでも戦争のことについて考える時間をもってくれたとすれば幸いです。

哲学カフェレポート第13回 ( 哲学カフェ )
 今回のテーマは「どうして新興宗教にはまるのか?」でした。少し挑発的な問いかけですが、別に新興宗教が悪いというわけではありません。ただ、周囲からみると理解しにくいことも多いようです。
 例えば、参加者の一人は、若い人がみんな建物に入っていくので、どこに魅力があるのか知りたくて来たといわれてました。そうなのです、最近の若い人に多いというのも不思議な点です。どうしてなのでしょうか。
 そもそも宗教というのは、絶対的なものへの畏敬です。人間というのは、不安定な存在で、どうしても心が揺れてしまいます。そんなとき絶対に揺るがない、たしかな心の寄る辺を求めるものです。その場合、絶対的なものは少しでもブレてもらっては困ります。ところが、世の中にそんなものは存在しないのです。何でも少しは揺れ動きますし、欠けた部分があります。常に絶対完璧というようなものは、この世に存在しない神にしか求め得ないわけです。だから宗教に頼ります。
 宗教が必要ない人は、自分の中に何か「絶対的と思い込めるもの」があるのでしょう。強い心の持主ですが、それは名前を変えた宗教みたいなものだともいえます。さて、そこで新興宗教の話になります。今、若い人たちがたくさん入ってしまうのは、それだけ心の隙間が大きいということではないでしょうか。
 不安が大きいほど、しっかりとした頼れるものがほしくなります。また、孤独であればあるほど、帰属する場所を求めます。新興宗教は、仏教などの伝統的な宗教に比べ、楽しそうに見えます。そしてそういう帰属感を失うことへの不安から、ときに活動に疑問をもったような場合でも、なかなか抜けることができないのです。
 心の寄る辺、あるいは心の隙間を埋める絶対的なもの。哲学がその代りをすることはできないものでしょうか…。

2009年1月の「いんぐりっしゅ☆る〜む」のご案内 ( 企画情報 )
Happy New Year, everybody! What's new?

明けましておめでとうございます。みなさん、すばらしい新年を迎えられていることと思います。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

さて、今月1月の「いんぐりっしゅ☆る〜む」の活動は、9日、16日の2回です。かなり寒いですが、「いんぐりっしゅ☆る〜む」は熱く盛り上げましょう。みなさんどんどん参加してくださいね。

さあ、ソフトドリンクを片手に、気ままに英会話を楽しみたい人は、是非とも高専夢広場の「いんぐりっしゅ☆る〜む」に来てください。お待ちしております。その時は、英会話で心ゆくまでリフレッシュしましょう。 他校の学生さん、市民の方、ネイティブスピーカーの方も大歓迎です。また、最近はTom(国重)とJack(小川先生)とRobert(原田先生)とBeth(高橋先生)とJohn(野頭さん)とTonyが英語ジョークを演じるコーナーもありますよ。

みなさんと「いんぐりっしゅ☆る〜む」でお会いできることを楽しみにしております。

I'm looking forward to seeing you at the English Room soon.

お問い合わせは、徳山高専英語科の国重徹までどうぞ。

電話:0834-29-6253(研究室直通)
E-mail:kunisige@tokuyama.ac.jp

2008年12月の「いんぐりっしゅ☆る〜む」のご案内 ( 企画情報 )
Hi, everybody! What's new?

今年もあとわずかになってしまいました。師走ですね。みなさん、いかがお過ごしですか?

Celine DionのHappy Christmas(by John Lennon)を聴きながら、今年1年間を思い出しつ、この案内を書いています。みなさんの1年はどうでしたか?

さて、今月12月の「いんぐりっしゅ☆る〜む」の活動は、5日、12日、19日の3回です。是非盛り上げましょう。みなさんどんどん参加してくださいね。

特に、今年最後の活動になる、19日の活動は、Potluck Party(持ち寄りパーティー)にしたいと思います。参加される方は、お菓子か、ソフトドリンクを1品持ち寄ってくださいね。楽しくクリスマスパーティーを開きましょう。

さあ、ソフトドリンクを片手に、気ままに英会話を楽しみたい人は、是非とも高専夢広場の「いんぐりっしゅ☆る〜む」に来てください。お待ちしております。その時は、英会話で心ゆくまでリフレッシュしましょう。 他校の学生さん、市民の方、ネイティブスピーカーの方も大歓迎です。また、最近はTom(国重)とJack(小川先生)とRobert(原田先生)とBeth(高橋先生)とJohn(野頭さん)とTonyが英語ジョークを演じるコーナーもありますよ。

みなさんと「いんぐりっしゅ☆る〜む」でお会いできることを楽しみにしております。

I'm looking forward to seeing you at the English Room soon.

来年の最初の活動は、1月9日です。是非来てくださいね。

それでは、みなさん、Have a happy Christmas and a happy new year!

お問い合わせは、徳山高専英語科の国重徹までどうぞ。

電話:0834-29-6253(研究室直通)
E-mail:kunisige@tokuyama.ac.jp

哲学カフェレポート第12回 ( 哲学カフェ )
 今回のテーマは「どうして家族のことを好きになったり、嫌いになったりするのか?」というものでした。長い人生の中でも、家族のことを好きな時期もあれば、嫌いになる時期もあります。また、もっと短いスパンでもそういうことがあり得ます。これはいったいどうしてなのでしょう。
 そもそも家族のことが好きか嫌いか、参加者に聞いてみると、答えは割れました。もちろん好きと答えた人が多かったのですが、そうでない人もちらほら。好き嫌いの対象ではないという人もいました。
 そもそも家族とは何なのでしょうか。私は「自分を癒してくれる場所」だと思うのですが、これには多くの人が賛同してくれました。ということは、家族が嫌いな人、嫌いな時期というのは、ちっとも癒しが与えられていないのです。それどころか、癒しの反対、ストレスの元になっているとか。
 癒しというのは自分を肯定し、受け止めてくれるから癒されるわけですよね。ですから、自分が肯定されるときは好き、否定されるときは嫌いになるのでしょう。しかも、家族の場合は、原則的には常に自分を肯定してくれる存在だと思っている。にもかかわらず否定されると、余計に腹が立つのです。おまけに他人と違って、それでも顔を合わせなければならない。だからぶつかりますし、こじれます。
 そんなときは距離を置くしかないですね。親元を離れている子供たちは、親のことを前より好きになったといっていました。やはり距離感は大事ですね。家族も当たり前の存在ではない、それに気付いてはじめて家族に向き合えるのでしょう。
 ヘーゲルは家族の中を流れるエートス(心、倫理)として、「愛」を挙げています。個人的には賛成です。家族で愛を学び、人は人を愛せる大人になっていくのですから。

哲学カフェレポート第11回 ( 哲学カフェ )
 仕事と遊びはそもそもどう違うのだろうか?強制されるのが仕事で、自由にやるのが遊びだという意見が多かった。もちろん仕事のすべてが強制ではないのだが。逆に遊びだって、常に自由にやれるわけではない。しかし、両者にはたしかにそのような区別があるように思われる。
 これに対して、仕事も遊びも人間として生きるという行為の実践なのだから、同じじゃないかという意見もあった。たしかにそう思えれば区別する必要はない。ただ、なかなかそう思うのは難しい。やはり仕事は意のままにならない部分が多く、遊びは意のままに行うものというイメージが強い。そうやって二つの領域を設けることで、人は行き詰まりや、プレッシャーから逃れる場をつくることができる。
 一つの世界しかないとすると、もうそこから逃れることはできない。遊んでばかりいるのもつらい。緊張と余裕、秩序と自由、仕事と遊び、その間を繰り返し行き来するのが人生なのかもしれない。「よく遊び、よく学べ!」昔の人はうまいこと言ったもんだ…。

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